ねこ館長日記

一茶と善光寺⑫「康楽寺と往生寺」

康楽寺2

花咲くや在家のミダも御開帳  浅黄空 文化十三年

 康楽寺は、寛慶寺、西方寺とともに善光寺三寺として重んじられた寺です。長野市篠ノ井塩崎にも同名の康楽寺があり、この寺の本家筋にあたります。塩崎の康楽寺は一茶の父の葬儀をとり行った、一茶と縁のあるお寺です。

 文化13年(1816)3月、一茶は上原文路(こちらを参照)宅に泊まり、往生寺で一人でお花見をし、康楽寺をおとずれました。康楽寺では、飯綱町平出の彦坂藤兵衛が家で祀っている親鸞聖人真筆の九字名号(くじみょうごう)「南无不可思議光如来(なむふかしぎこうにょらい)」のご開帳が行われていて、それを一茶は俳句によみました。

往生寺

さく花の開帳に迄逢にけり  七番日記 文化十三年

 往生寺は刈萱上人と石童丸の伝説ゆかりの寺です。善光寺北西の急斜面の山腹にあり、境内からは長野市内が一望できます。一茶も何度も訪れています。この句は上述の往生寺で花見をした際によんだもので、「開帳」は善光寺ではなく、康楽寺での開帳を指しています。

 境内には平成15年に一茶句碑が建てられています。「 花の世は佛の身さへおや子哉」、「蝶とぶやしんらん松も知った顔」、「花さくや伊達にくはへし殻きせる」(全て文化15年作)がほられています。